翻訳家になるには? #2
一本立ちする寸前に『ゴッドファーザー』を翻訳し、ベストセラー物を数本持つほどの“売れっ子翻訳家”になりました。これはもう、まったく僕の力ではなく、他のさまざまの要因からそうなっただけなのです。例えば『ゴッドファーザー』などは、訳者の二十人ほどが事務所に集められ、誰かこれをやってくれと頼まれたのですが、誰も手を挙げません。それはそうでしょう、それまでの日本の翻訳界に於いて、マフィア物が売れたことは一度としてなかったのですから。これだったらサボれるな、と思って僕は手を挙げました。
ところが、それがご存知のような大ベストセラーになったのです。その後もまたいろいろあったのですが、翻訳界への恩義を忘れたことはなく、剣道を本職とする夢も潰え、いつしか文芸翻訳を主たる仕事とする人間に変わっていったのです。しかし始まりがそんな具合ですから、僕は自分が文芸翻訳家だと思ったことがありません。しかし性格的なものでしょうか、仕事は一切手抜きをせずに遣り遂げたものの、僕は遂に「翻訳家」という名刺を作ったことがありませんでした。
何とも妙な話でしょう? 僕は今考えても、不思議な気がします。そんな状態で良くも一つの仕事をやって来られたものだと。そして、そんな僕に、翻訳家になるにはどうしたらいいでしょう、と訊かれても、すんなりと答えられるわけがないでしょう!
要するに、僕は世界を甘く見ていたのですね。自分が好きなことをやっていれば、何とかなる、と。それもある時まではまあ、うまく行ったのですが、70を超えてからの僕の人生はまさにどん底になったのです。