「湘南剣友会」の思い出 ①——翻訳と剣道
今度は、運動をテーマに考えてみましょう。僕は運動が大好きです。この “運動好き”が高じて、サラリーマンになりたくなかったのではないかとさえ思えます。26歳で大学を卒業すると同時に結婚し、それ以降は文芸翻訳家として過ごしてきたわけです。
ただ僕は剣道家になりたくて、翻訳業もそのための時間稼ぎでしかなかったのです。剣道の段位は三段ですが、段位を取るのを諦めてから30年以上にわたり剣道に親しんできたので、段位はもう少し上になっているはずです。
25歳くらいで剣道を再開し(その時にはすでに三段を持っていました)、その後53歳まで、つまり北海道へやってくるまで、僕は必死になって剣道に勤しんだものです。四つのクラブに所属し、一年365日、剣道の稽古にはげみ、鎌倉の体育館に剣道クラブ “湘南剣友会” を立ち上げ、子供たちと一緒に剣道三昧の日々を送ったものでした。
ただ先述したとおり、僕は翻訳家としても充実した日々を過ごしており、どういうわけか、通常の翻訳家の仕事量が年に長編小説二、三冊ほどであるのに、僕は年に十冊ほどを引き受けたこともあって、大変忙しかったのです。僕は誠心誠意尽くしたつもりです。それでも、僕の人生は剣道を中心として回っていたのです。
30歳代に自律神経失調症に侵されて5年ほど本調子でなかったり、その病気から逃れるために覚えたオートバイに熱中するなど、いくつかの変化はありましたが、それでもなお、剣道は特別な地位を占めていたのです。