織本順吉のドキュメンタリー『老いてなお 花となる』②
しかし僕には、この結美の問いかけは父親へのラブコールにしか聞こえません。自身が放送作家でもある娘が、幼い頃ならいざ知らず、俳優業に没頭する父親に尊敬の念こそ抱け、恨みに思うはずがないではありませんか。つまりこれは、裏返しにした父親織本順吉賛歌に他なりません。織本があの世で喜んでいることは間違いないでしょう。
また、織本の老残の姿は決して醜くありませんでした。かえって美しく見えたくらいです。人間年を取れば醜くなると思うのは主観的に過ぎます。かつての肉が剥げ落ち、垂れ下がり、足腰も萎え、全身染みだらけとなっても、精神性を保つた人間の姿は美しいのです。これこそがまさに、「老いてなお 花となる」ということなのでしょう。
したがって、醜い姿をお見せすることになるという結美の言葉は、若き頃の父親像を追い求める娘の愛惜の念が言わしめるものなのだ。結美さん、父親への貴方の深い愛情は画面から十分に伝わってきましたよ。また、貴方も先刻承知のように、織本が娘にこのドキュメンタリーを撮らせた理由も明々白々です。
織本はこの世を去りゆく自らの肉体を持って、娘に最高のドキュメンタリーを撮らせようとしたのでしょう。これが親の愛情でなくてなんでしょうか。「お前だから。こんな素晴らしいものが撮れたんだ」と織本は気息奄奄としながら、ベッドの中で力を振り絞るように繰り返し、その目尻から涙が一筋零れ落ちます。美しい、と僕は思いました。
老いさらばえても、精神性を持った肉体は美しいと書いたが、それは嘘ではありません。老いも死も含めて、生きるとはそういうことであり、可哀想だとか哀れだとか言った捉え方をすべきではないでしょう。久し振りに優れたドキュメンタリーを拝見させていただきました。名優織本順吉の冥福を祈ります。