僕のヒーロー長嶋茂雄 #2
そんなことがあってしばらくしてから、僕はオークラ・ホテルの会合に呼び出され、夜中の十一時頃に、地下の駐車場に向かって歩いていた。人は誰もいない。無機質な蛍光灯が点っているだけで、地下の細長い通路が五十メートルほど続いている。と、行く手のドアがサッと開き、イガグリ頭の中年の男が入って来た。薄いブルーのスーツだった。似合っているなと思った。
と同時に、僕は長嶋だと察知した。長嶋が両手をパーンと打ち鳴らしながら僕に向かって歩いてくるのだ。もう六十年ほどになるのに、僕はまだその時のことを覚えている。そしてどうなったか? あー、僕は今考えても残念でならない。
二人の間隔はぐんぐん近くなる。僕はもう倒れそうだった。何か言いたい。自分の思いを彼に伝えて、わかってもらいたい。これはもう間違いなく“恋人同士”のような感覚なのである。長嶋はバーン、バーンと両手を叩きながら、僕の横を通過した。そして僕は、何と相手が誰だかわからないような顔をして、相手の表情に一瞥をくれることさえしなかったのである。
僕も、そして長嶋氏も、まったく相手を見ようともせず、無関心を装ったまま通り過ぎた。それ以来、僕の人生には、そのような奇跡的な瞬間は現れてくれないのだ。現在、長嶋氏は病んでいらっしゃる。病勢の回復が無理なら、どうか安らかな晩年を送っていただきたい。
あなたのような日本人がいたことを、僕は神に感謝しています。長い間、本当に有難うございました。