目次
畑 正憲氏の思い出 ①
先日、畑 正憲氏が亡くなられた。私にとっては、この世で最高の人物であると思っていただけに、その喪失感は実に深い。対処できないほどである。彼の功績については誰もが口にすることであろうし、周知の事実なので私が改めて言うべきことではないだろう。
私は北海道で出版業を興し、それが縁で畑氏と知り合うチャンスを得た。彼の作品二冊を出版し、札幌の紀伊國屋書店での講演も行なった。畑氏は胃を切除しているため、食後一時間ほどは安静にしていなければならなかったが、そのほかでは全く矍鑠として、年齢の近い私などは唖然として見守ったものである。
講演前後の話も面白かった。まさに談論風発で、聞くものを魅了してしまうのだ。その講演の最後で、我々は先生の御本を販売し、氏はずらりと並んだ50人ほどのファンの前で、一冊ずつにサインをし、動物の絵を書き込んだ。
講演を含めて時間はすでに三時間を超えており、かなり疲労されているのではないかと思われた。ところが、彼は一冊ずつ目の前に自分の本が並べられると、急に全身に生気が漲り、かっと目を見開くや稲妻のようにペンを走らせ、あっと言う間に大勢のファンの要求に応えたのだ。
畑 正憲氏の思い出 ②
畑 正憲氏の思い出②
私は度肝を抜かれた。これこそが恐らくは、先生の魅力の神髄なのだろうと思ったのだ。必要な時に百パーセントの力を発揮する、それこそが先生の真の魅力なのだ。その夜は札幌で食事をした。レストランに入ると、先生に気づいた女性たちが手を振ってくれた。先生もそれに応える。その時にはもう、テレビで見るような好々爺に戻っているのである。