三島由紀夫の嘆きについて考える ⑤
お金も同じです。そこに価値を置かないのだから、貸したお金は上げたものに他ならない。僕はこれまでに3000万近くのお金を貸していますが、こちらがどんなに困っても取り戻したいと思ったことは一度もありません。断っておきますが、だから僕は偉いとかそういう問題ではさらさらないのです。
お金に価値を置かなければそうするのが当然でしょう。単なる個人としての生き方の問題なのだ。タバコの火を借りるのと何ら変わりません。借りたお金は何としてもお返しするのが当たり前で、ただ僕は返してもらわなくていいというだけのことなのです。まったく大した問題ではありません。僕の親友の話をしましょうか。
彼とは本当に仲が良かったのです。彼を尊敬していたと言ってもいいでしょう。彼を慕う女性が沢山いて、僕は羨ましい思いをしたものです。さて、30代の初めだったと思いますが、そんな彼が、貸した金を返しに来た友人には、かつての君と同じよう困った友が来たらそこで使ってくれ、と言うことにしていると僕に言ったのです。
僕が感動したことは言うまでもありません。そしてそれ以降、僕は例によって、彼のやり方を我が人生に取り入れてきたのです。
例えば、20万を借りに来たある女性には、25万を渡しました。僕自身もそうですが、借りるときには必要額よりも少なく言い出すものだからです。それが20年ほど前のことで、いまだに付き合いは続いているのです。