宮本武蔵の二天一流――現代に生きる古武術 ①
さて、剣道についてはほとんど果てしなく語れる気がするのですが、ここでは北海道に居を移してからの話にしましょう。僕は北海道に移って、剣道とは縁を切りました。まさかそうなるとは思いもしなかったのですが、生まれて初めて “実業” に手を染めると、六時からの剣道の練習時間がどうしても取れなくなったのです。毎日、朝九時に家を出て、帰りは夜中近くになってからでした。これでは諦めざるを得ません。
北海道では仕事三昧でした。三時間ほどの出退勤の時間がもったいなくて、冬場はホテルに百連泊をしたものです。そんな中で、僕はある人と知り合いました。宮本武蔵の二天一流の師範で、M先生という方です。札幌は南区で東洋の治療院を開いていて、僕は原稿依頼に先生の所へ伺ったのでした。
先生は僕と同い年で、飄々とした方でした。その日はちょうど稽古日にあたっていたようで、自宅の外では木刀の打ち合い、中では体術の稽古が行われています。それを見ているうちに、僕の中にも数年前の充実した日々が思い出され、僕は何のために訪問したのかを忘れてしまったのです。
それから話は弾みました。先生は毎年正月、札幌神宮で古武道の演武を奉納されていて、僕も何回かそれを見にいったものです。聞けば先生は東大でも武術を教えたことがあるそうで、僕はびっくりしたものです。先生曰く、古武術で最も強力なのは宝蔵院流の槍術だそうで、 “紅一文字” という秘術を体得しない限り、勝つのは難しいそうです。 武道は間合いがすべてですから、宝蔵院の槍先を胸に一文字の傷を負う形で交わせない限り、勝ち目はないのだとか。また、剣を手にした場合の勝ち筋は、鹿児島の薬丸自顕流しかないそうで、彼はいきなり立ち上がるや木刀を絞り上げるように構え、三歩進んでは切り落とすという技を三回繰り返したのです。僕は茫然としてしまいました。逃れる術はないと感じたものです。