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僕の翻訳流儀 英語の原文との距離感

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僕の翻訳流儀 英語の原文との距離感

 文藝翻訳とは、普通は長いものです。もちろん短編もありますが、名前を残している作家には長編作品が多いいようです。その長編作品もただ長いだけでなく、一大巨編になっているのです。

 僕が若くて忙しかった時には、5メートルくらいのデスクを三等分し、そこに三冊の原文を置いて、朝・昼・晩と分けて仕事をしていたものです。たとえば、1)にはロバート・ラドラムの作品を、2)にはスティーブン・キングの作品を並べるといった具合です。

 僕は自分では気づいていなかったのですが、面白い癖があることに気づきました。長編といえば3か月から半年、あるいは1年くらい翻訳作業が続く場合もあります。そうなると、たとえば1年間、同じ緊張を保つことが不可能だと言う場合があります。これは何も長編だからというわけではなく、短編でも起こり得ます。子供が病気したとか、自分が怪我をしたとか。

 僕はそういうことを予想したと言うわけではなく、仕事が終わると、次の二、三行を訳しておく癖があるのです。この二、三行はその場で思い付いたことを書くだけですので、そのまま使うことはあまりないのですが、ただ、昨日と今日の時間差を埋めてくれるのです。おわかりですか。その二、三行を読めば、それまでの話がわかり、それ以降の話のもって行き方がわかるというわけです。

 1年間、自分の状態を平静に保つと言うのは難しいことでしょう。僕は作家によって“距離”を取ります。例えば、ヘミングウェイは10センチ、スティーブン・キング20センチ、ラドラムは30センチといった具合です。この10センチ、20センチ、30センチを毎日、一年間取っていくのは至難の業と言えるでしょう。

 それを取り易くするのが、この二、三行の“試し訳”です。ちなみに、翻訳で難しいのは、この“訳し分け”ができるかどうかだと思っています。なにを訳しても、自分なりの訳しか出来ないようなら、やはり翻訳は無理だと言うことになるでしょう。

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山本光伸プロフィール

 札幌で出版社・柏艪舎と文芸翻訳家養成校・インターカレッジ札幌を経営しています。
 80歳で小説家デビューを機にブログをはじめました。
 ロバート・ラドラム『暗殺者』、アルフレッド・ランシング『エンデュアランス号漂流』(新潮社)、ボブ・グリーン『デューティ』(光文社)他、訳書は200冊以上。

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