破滅への道? ②
そして僕が75歳の時に、つまり今から5年ほど前に、大変化が柏艪舎に訪れました。その日、僕たちは午後一時になり、昼食に出かけました。ただその時、何か用事があるとかで女子社員の一人が会社に残ったのです。そして30分後、彼女から「帰ってきて欲しい」という電話の緊急連絡が入ったのです。僕たちは急いで昼食を済ませ、会社に戻りました。すると、彼女が堪えきれずに涙ぐんでいるではありませんか。
彼女の説明によると、作家の丸山健二から電話が入ったというのです。ただ、それだけ聞いても、皆さんは釈然としませんよね。出版社なんだから、作家から電話が入るのは当然だろうと。ちょっと説明が必要でしょう。
実は、僕が最も熱中していた作家が丸山健二だったのです。僕は十代、二十代と太宰治にはまり、三十代、四十代は三島由紀夫、そして五十代以降は丸山健二だったのです。僕はある作家が好きになると、会社でもどこででも熱を込めて一心に語ります。ウチの社員たちは僕のそのお喋りにうんざりしていたのでしょう。何しろ、日本人の作家は丸山さんが一人いるだけで十分だといつも言っていたのですから。
一方、丸山健二はそんなことを知るわけもなく、調べて電話をしてきたのです。そしてその場で、自分の全集を出したいのだが、と述べたと言うのです。彼女はもう舞い上がっていました。その興奮は他の社員たちにも広がり、社内は騒然となりました。それはそうでしょう。我々はもういつ会社を閉めてもおかしくない状況だったのですから。本当にこれは奇跡としか言いようのない出来事だったのです。