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即断即決の男 ②

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即断即決の男 ②

 僕にとって、それは無念なことでした。僕は大学へ入って三鷹の下宿で暮らすようになり、ほとんど会う機会もなくなってしまったのです。そして二十歳を迎えたある日、僕は性格を変えようと思い到りました。何事もくよくよと考え込む自分を、全てに即決を旨とし、しかも即断でゆこうと決心したのです。僕が自律神経失調症に陥ったのもおそらくはそれが原因でしょう。

 つまりは即断即決です。今の僕にはそういう生き方が当然だろうと思えるのですが、当時はすこぶる難儀でした。例えば30歳の頃、剣道の練習に行こうと田無から電車に乗り高田馬場駅で乗り換えようとしたときの話です。新宿まで二駅あります。

 大変な人混みの中を歩いていると、何だか気配がおかしいのです。前の人たちが立ち止まってしまって、前に進みません。するうちに僕の目の前に改札口が現れ、そこに競馬場帰りの労務者たちが十何人かたむろし、一人の若い学生をぶん殴っているのです。理由は分かりません。

 僕は一瞬、息を呑みました。そして自分で信じた通りに動かねばと思い、竹刀と防具を肩から下ろそうとした時に、労務者らは一斉に中央線を目掛けて走り出したのです。僕も彼らを追って走り出しました。青年は目をつぶったまま、フラフラと立ち尽くしています。まあ、二、三十発殴られたのでしょうから、気絶したようなものです。

 中央線が滑り込み、労務者の後を追って僕も乗り込みました。二車両ほど歩くと、労務者の一人が座席に腰を下ろし、目をつぶってじっとしています。その顔を見て僕ははっとしました。悪人のようには、と言いますか、若者の顔を遮二無二殴りつけていた男の顔にはとても思えなかったのです。もう何時間も眠っていたような、すこぶる無邪気な顔をしているのです。

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山本光伸プロフィール

 札幌で出版社・柏艪舎と文芸翻訳家養成校・インターカレッジ札幌を経営しています。
 80歳で小説家デビューを機にブログをはじめました。
 ロバート・ラドラム『暗殺者』、アルフレッド・ランシング『エンデュアランス号漂流』(新潮社)、ボブ・グリーン『デューティ』(光文社)他、訳書は200冊以上。

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