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三島由紀夫事件について ① ——彼をうまく死なせてください

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三島由紀夫事件について ① ——彼をうまく死なせてください

50年ほど前の三島事件の話をしましょう。

 皆さんはまだ覚えていらっしゃるでしょうか。僕は未だによく三島さんのことを考えます。僕は26歳で大学を卒業し、その年に結婚、何とか剣道で身を立てたいと願いながら一年365日の稽古に励み、生活費は翻訳で何とか稼ぎ出していました。その時に耳にしたのが、三島さんが“楯の会”なるものを作るという話でした。

 僕はすぐに、その会に参加しようと考えました。当時は東京の渋谷にアパートがあり、剣道の稽古をする場所に飢えていたのです。つまりは、楯の会と剣道を一緒にしていたのでしょう! しかしよく調べてみると、楯の会の人員は大学生がメインだということで、僕は方向転換し、従妹のTに電話を掛けました。Tは当時神奈川大学の学生でしたが、僕の話を聞くなり、異議なしだと答えたのです。

 Tはそれから三島先生の面談を受けて楯の会の正会員となり、僕は彼の“付き人”のような格好で楯の会との付き合いが始まったのです。しかしやがてはっきりとしてきました。剣道で張り合おうなどという僕の幼稚な考えはあっさりと否定されてしまったのです。

 僕は遅ればせながら猛然と彼の作品を読み漁り、僕なりに彼の考えを理解しようと努めました。そして僕は彼の考えに深く感動し同感したのです。僕は彼の決断をよしとしました。そして武道館で彼とお会いしたときに、僕はこう言ったのです。「Tをうまく死なせてください」と。

 三島さんはしばらく無言で僕を見つめていましたが、やがてにっこり笑って一言、「わかりました」とおっしゃったのです。今考えると、何だか不思議な気がします。僕には実は、そんなことを彼に頼む気などさらさらなかったのです。しかし向かい合ったとたんにそんな言葉が飛び出してきたのです。それから一年ほどして、彼は例の事件で世を去りました。

〈柏艪舎より出版した野上透写真集『文士一瞬』〉

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山本光伸プロフィール

 札幌で出版社・柏艪舎と文芸翻訳家養成校・インターカレッジ札幌を経営しています。
 80歳で小説家デビューを機にブログをはじめました。
 ロバート・ラドラム『暗殺者』、アルフレッド・ランシング『エンデュアランス号漂流』(新潮社)、ボブ・グリーン『デューティ』(光文社)他、訳書は200冊以上。

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